長野地方裁判所 昭和37年(レ)45号 判決 1965年1月12日
控訴人 中斉長作 外一一名
被控訴人 国
国代理人 斎藤健 外二名
主文
一、原判決を取消す。
二、被控訴人中斉長作に対し一、〇四三円、同古畑福一に対し五七〇円、同長巾政夫に対し九〇六円、同折橋真に対し九一七円、同巾崎助治に対し七三九円、同沢口信一に対し六二五円、同古畑勇に対し二、四三五円、同児野勉に対し三、〇九一円、同香山亀男に対し三、二三二円、同畔出恒男に対し二、六八六円、同古畑保に対し一、八五六円、同上条由美に対し一、七〇〇円および各これに対する昭和三四年六月一三日より支払のすむまで年五分の割合による金負を支払え。
三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文第一、ないし第三項同旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は控訴代理人において、「控訴人らと被控訴人との間で成立した本件雇傭契約において、「控訴人らの受くべき賃金の計算方式および本件係争部分に関する控訴人らの賃金の算出の基礎たる数字は別表第一、記載のとおりであるところ、これによつて合意に基く右当り単価を基礎としで算定した賃金額と控訴人らが現実に受領した賃金額の差額は別表第二、記載のとおりであるから控訴人らは各自原告に対し同表請求金額記載の各金員の支払を求める。」と補充陳述し、被控訴代理人において、「控訴人らの各出来高賃金の算出の基礎たる数字、算出の方式が別表第一記載のとおりであり、これにもとづき算出された控訴人らの各出来高賃金の差額が別表第二記載のとおりであることは認める。」と述べたほかは、原判決事実指示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
証拠として、(中略)
理由
一、控訴人らが国有林野事業定期作業員として林野庁長野営林局奈良井営林署に勤務すするものであること、昭和三四年四月以降中斉長作、古畑福一、長巾政夫、折橋真、巾崎助治、沢口信一の六名(以下第四四号事件の控訴人らと略称)が右奈良井営林署白川伐採事業所第一作業班に所属し第一〇林班一号伐区の、古畑勇、畔出恒男、児野強、香山亀男、古畑保、上条由美の六名(以下第四五号事件の控訴人らと略称)が同事業所戸沢連絡所第一作業班に所属し第五七林班六号伐区の立木の伐採造材業務に従事することになり、同月中旬頃右伐採造材作業(以下造材作業と略称)につき、同事業所の伐木主任であつた柳川貢を通じ症良井営林署長と賃金は出来高払とし、月末に締切り翌月一二日その支払を受けることを内容とする雇備契約を結び、第四四号事件の控訴人らが右契約により同年四月中旬頃より右一号伐区の造材作業に従事し、同年五月中旬頃その作業を完了し、第四五号事件の控訴人らが同年四月中旬頃より右第六号伐区の造材作業に従事し、同年五月末頃その作業を完了したことは当事者間に争がない。
二、そこでまず右各伐区における造材賃金に関する合種がいつ成立したかを判断する。成立に争のない乙第一、第二号証の各一・二、原審証人油井勝、原審(第六、第七号事件)および当審証人柳川貢、当審証人証人本堂文雄の各証言(但し油井証人および柳川証人の各証言中後記措信しない部分を除く。)ならびに原審における控訴人中斉、同古畑福一、同巾崎、同畔出、同古畑勇、同児野、当審における長巾、同香山の各本人尋問の結果を総合すると、従来奈良井営林署においては造材作業員の出来高払割にする造材賃金は、通常造材作業の開始前に各伐区毎に事業所主任が同営林署長の委任を受けて作業員代表または作業員全員と交渉してその単価を協定し、その協定した金額につき、所定の方式により書面をもつて右署長宛に認可の上申をなし、同署長の決済を経て、作業員に支払われるべき賃金単価を決定する建て前になつていたが、現実には右上申後決済を受けるまで一週間位を要したため、作業員は事業所主任との協定が成立すると直ちに作業を開始するのを慣例とし、同署長は事業所主任が署長宛に上申した伐木賃金の単価については、計数上の誤謬がある場合を除いてこれを修正変更することはなく、いずれもその上申どおり決済し、作業員に対しては決済を経た旨の通知は何らなされなかつたことおよび本件においても賃金単価の決定手続においては右慣例通りに事が選ばれ、控訴人らは主任との協定成立後署長の決済以前に既に作業を開始していたが、決済があつた旨の通知は受けなかつたことを認めることができ、右認定に反する原告証人油井勝、原審(前記両事件の)および当審証人柳川貢の各証言は前掲各証拠に比照し信用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
ところで、この事実によつてみると、その形式はともかくとして、実質的には右主任が署長より賃金単価の決定に関する権限を付与されていたものというべであり、作業員と事業所主任との間で一旦その協定が成立した以上、このとき雇傭契約上賃金額の合意が成立し、署長が後日これを変更することは許されないというべきである。
三、そこで、進んで各伐区における造材賃金額の合意の成立について考えるのに、原審における控訴人児野の供述により真正に成立したものと認める甲第一号証の一ないし三と当審証人田口庄三(第一回)、原告証人坂口将夫の各証言、原審における控訴人中斉、同古畑福一、同巾崎、同古畑勇、同畔出、同児野、当審における同長巾、同香山の各本人尋問の結果を総合すると以下の事実を認めることができる。
すなわち、第四四号事件の控訴人らは前記一号伐区の造材作業のため昭和三四年四月五日頃入山し、作業員宿舎整備や薪切り等に従事した上、同月一二日頃作業員宿舎において当時事業所主任であつた柳川貢と造材賃金の単価について交渉を始めた。当初柳川は右控訴人らに対し右一号伐区が作業員宿舎からの通勤距離が短かく、第一〇林班全体からみれば地形的に山林の下部にあたるので、同伐区の林相、地形、通勤距離を考慮して一石当りの単価(以下単価と略称)を六五円と予定している旨を告げたところ、同控訴人らは同伐区の地形や林相等が良好でないとして八〇円を主張し、意見の一致を見るに至らなかつた。そこで、両者は一応伐採の実績を検討してから単価を定めることにして同控訴人らは同伐区の伐採を始め、二日間位した後の同月一五日頃、更に白川製品事業所において同控訴人らの代表者であつた前記白川第一作業班長の控訴人中斎と前記柳川主任とが話合つた結果、一石当りの単価を七一円とする旨の合意が成立した。また第四五号事件の控訴人らは前記六号伐区の造材作業のため昭和三四年四月九日頃入山し、同月中旬頃造材作業開始前に同控訴人らの宿舎において、右事業所主任であつた前記柳川貢と右造材賃金の単価について交渉したが、右柳川より右六号伐区の林相、地形等の地理的条件、前年度における附近伐区の造材実績等を考慮すれば六五円が相当であると申出られたのに対し、同控訴人らは同伐区の山相が悪いとして八〇円を主張し、結局一石当りの単価を七三円とする合意が成立した。以上の事実を認めることができるのであつて、右認定に反する原審(第六、第七号事件)および当審証人柳川貢の各証言は前掲各証拠と比照しただちに措信しがたい。
もつとも前掲乙第一、第二号証の各一・二、原審証人油井勝、原審(第六、第七号事件)および当審証人柳川貢の各証言によれば、柳川貢は昭和三四年四月中旬頃奈良井営林署長に対し、同月七日付の書面をもつて右一号および六号伐区の単価を六八円とする出来高払実施の上申をなし、同営林署長は同日付をもつてこれを決済したことが認められる。しかし前掲各控訴人らの本人尋問の結果および当審証人田口庄三、同藤原弘、同本堂文雄の各証言に照せば右各上申書には前認定の協定にも拘らずそれと異なる賃金単価が記載されたことが窺われるのであつて、前記のとおり従業員と事業所主任との間で成立した協定が有効である以上、後にこれと異る上申がなされ、これに基き営林署長が決済をしたとしても、このことがさきに認定した賃金単価の合意の成立を左右するものとすることはできない。また、控訴人らが昭和三四年五月一二日、同年四月中旬以降同月来日までの出来高につき、ついで同年六月一二日、同年五月一日から造材作業完了時までの前記第一伐区と第六伐区の造材出来高につき、それぞれ単価六八円によつて算定した額の賃金の支払を受けたことは当事者間に争がないが、前掲甲第一号証の一ないし三、原審証人坂口将夫、当審証人田口庄三(第一回)、同藤原弘の各証言ならびに原審における控訴人中斉、古畑福一、巾崎、古畑勇、畔出、児野当審における長巾、香山の各本人尋問の結果からは控訴人らがそれを承諾してこれを受領したものではなく、その事情を知るに至るや白川伐採事業所においては、控訴人中斉、同長巾両名が、戸沢連絡所においては控訴人古畑勇が、それぞれ前記柳川主任に右賃金単価の相異する点について契約違反であると抗議したこと、その際いずれも右主任から出来高特別調整給制度とか年令勤続給制度とかを適用して六八円に切下げた旨の回答を受け理解できぬまま仕方なくあきらていたものであることが認められるから、右事実は単価の合意に関する前記認定を覆えす資料とするに足りず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
四、ところで、控訴人らの受くべき賃金の算定方式および本件係争部分の同人らの作業量が別表第一記載のとおりであることは争いがないから、これにより一石当りの単価を七一円および七三円としてそれぞれ算出した金額と、控訴人らが現実に受領した金額の差は別表第二記載のとおりとなること算数上明らかであり、被控訴人は控訴人らに対し各右金員およびその賃金支払期以後完済まで年五分の割合による民法所定の遅延損害金の支払をなすべき義務があるものというべくその義務の範囲内で別表第二の請求金額欄記載の各金員の支払を求める控訴人らの本訴請求は理由がある。
五、よつて、控訴人らの本訴請求は正当として認容すべく、これを棄却した原判決は失当であるから民事訴訟法第三八六条によりこれを取消し、被控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田中隆 千種秀夫 福永政彦)
別表第一、第二<省略>